インフォメーション
午後1時頃、先ほど通り過ぎた、”鳥せい”さんへ
こちらは清酒『神聖』酒蔵の一棟を改装されたもので、中に入ると
情緒たっぷりの空間です。すでに満席で、受付にて氏名を記入にて
順番待ちです。普通の串焼きから、会席料理までメニューは豊富
です。
しかし、よくよく考えると、京都で”焼き鳥屋”に行くのはもしかして、
初めてかも。学生時代を想い起こしても、炉端か鉄板系か王将系で
焼き鳥屋の記憶はほぼ無し。そして、今でも関西に来るとどうしても
鉄板系に行きたくなるから(笑)
今日は、朝からケッコウ歩いているので、格別に美味い(笑)tお
伏見の歴史 ちょこっと! 「黒田節」
各テーブルには、このような豆知識が。しかし、福岡出身の私の所に「黒田節」が
来るとは面白い。時効だから言うと、高校時代より、学園祭や体育祭の打ち上げ
をやると、お酒が入り、コップやデカイ盃で”一気飲み”。
これで、男の器量を示すような風習がありました。この歌の影響大です(笑)
合鴨スモーク
店長のお薦め”6串盛り合わせ”1020円を注文
店の特長としては、串ごとに”たれ”、”塩”と最初から決まっています。
個人的にはいつもは”塩”のみですが、たまには”たれ”もいいかな。
先ずは、”たれ”の串、4品出てきました。
左より、とりねぎ(ネギま)、やきとり(もも),しんぞう(ハツ)
ミンチ(つくね)。名称が関東と違うのがイイ(笑)。
利き酒セット
かわ、すなずり(すなぎも)の”塩”2串が出てきました
追加で、手羽先、三角(ぼんじり)を注文
店内模様
昼間から満席で、活気を感じるお店でした。酒蔵の中、そして、蔵元が
経営する”鳥料理”、味も良く、庶民的価格、納得の人気店でした。
橋を降りると十石船の乗り場です
十石船は江戸時代に淀川を酒や米、旅客を運んだ船。
酒蔵に柳が映える宇治川派流を約50分で往復します。
待合室 イスにはナンバーが振ってあります。
また、一番のりです(笑)
下船
乗船 特等席です
さて、乗船案内 そして、出発です
右手に酒蔵が見えて、イイ風景です
坂本龍馬が襲撃された船宿、「寺田屋」の前辺りを通過
残念ながら建物は見えません
龍馬とお龍の銅像
柳、そして、桜並木と風情あり。風が心地よい。
桜の咲く頃は、出港の3時間ほど前から順番待ちの行列ができるそうです。
川の合流地点で川幅も広い
三栖閘門が見えてきました
ここで、一旦下船
三栖閘門資料館
三栖閘門は1929年に完成。
淀川の改修増補工事より、伏見港と宇治川との船の通行ができなくなり、
その為に、通行できるよう宇治川と豪川との合流点に三栖閘門が建設
されました。完成した年には、2万隻以上もの船が閘門を通航したそうです。
京都の桂川、鴨川、宇治川、木津川が合流し淀川に
木津川沿いに京田辺市、京都で最初に住んだのがこの町でした。
隣接する枚方市、交野は大阪です。そんな地域性もあり、話す
とほぼ言葉は河内弁でした(笑)当時漫画では『花の応援団』、
歌だと『河内のおっさんの唄』などが大ヒットしていた(懐)
2年後、京都の伏見稲荷へ、下宿は琵琶湖疎水に掛る稲荷橋を渡り
すぐ、左へ行ったJR奈良線の線路沿いでした。
そして、就職で東京に。そして、7年後、転勤で大阪に戻り住んだのが
淀川区塚本。大阪駅より神戸方面に向け、淀川を渡った一駅目。
休みの日は、淀川の土手を散歩したり、早朝ジョギングなどした事も(懐)
京都、大阪を結ぶ船の要衝の伏見に住んでいた事、そして、今日、十石船に
乗った事など時代が回っていて、運命的な不思議な巡り合わせがアルなと
この地図を見ながら感じた次第です。
緑豊かで、遠い昔を偲ばせる宇治川
資料館の見学終了後、再度乗船
帰路は後部席
船頭のオジサンと世間話。桜の時期は物凄い行列ができるとか、30年程前から
十石船が運行を再開したとか。40数年前は伏見稲荷に住んで、”龍大生”だったとか。
そんな中『あんた、柔道九段の”〇〇”にそっくりや。”〇〇”来たかと思ったわ』
”龍大”は警察関係多いと言ってたから、〇〇は龍大卒の警察の方かも。
それにしても、人違いとは言え、”柔道九段”に似ているとは、少し嬉しい(笑)
ちなみに、柔道はケッコウ強かった。柔道部以外には負けた記憶なし。
高校時代、校内柔道大会があり、3勝1敗1分け。1敗1分けが柔道部でした。
※龍大は、龍谷大学のこと
次は桜の時期来て見るかな
下船後、寺田屋へ向かう
寺田屋
坂本龍馬、そして、楢崎龍、両方とも”龍”の字の男女のカップル、夫婦は
そうはいない。襲撃されたのがキッカケで二人の仲が深まり、結婚に至る
ことになるのも龍馬らしい。この後、西郷の手引きで、鹿児島の霧島へ
湯治へ行きますが、これが新婚旅行の始まりとされている。
高校時代、大学時代、社会人と3度、司馬遼太郎の『龍馬がゆく』を読みました。
改めて、龍馬と伏見の関係を認識すると同時に、自分が選んだ訳ではないが
京都の伏見にある”龍”の字のつく大学に通い、又、昔は船が通っていたすぐ
川沿いに住んでいました。大学を卒業し、京都の服飾関連の会社に行くのですが
その時、新人研修が3泊4日で、嵐山にある”天龍寺”でした。
京都、屈指の観光地と桂川沿い”龍”の字つく寺、不思議な巡り合わせかも。
研修後は就職地の東京へ向かったので、今でも忘れられない思い出です。
龍馬については、天下の英雄でなく、”龍”の字のつく気さくな”兄貴”として
私の心の中に生きています。
龍馬通り
1994年に、南納屋町商店街を改め、龍馬通り商店街に。
良さげな呑み屋、ケッコウありました。
この日は、先斗町で飲むと決めていたので、心を鬼にして
通りすぎました。
カッパカントリー
日本酒だけでなく、日本で初めての地ビールレストランで、出来たてが
飲めるそうです。そして、豊富な和食メニューとの事。
大手筋商店街 納屋町
今回は、お昼の"やき鳥”でしたが、色々と楽しく、美味しそうな店が
揃っています。来年、桜の季節に行ってみるかな(笑)
次回は先斗町『月をみ』、祇園『かな』を紹介します。
大手筋商店街アーケードの大迫力の垂れ幕、これは見ちゃう
伏見桃山駅に着いた。大きなアーケドの大手筋商店街。
この駅に降りるのは初めて、目的は月桂冠大倉記念館、そして、十石船。
私の学生時代はどちらも無く、遊園地『桃山キャスルランド』がありました(笑)
伏見の桃山地区は水運で大阪と京都を結ぶ要衝の地で、秀吉が隠居後の住まい
として、1592年に伏見城の建設を開始する。
1594年、秀吉が伏見城築城の際に大手門へ出入りする通りとして大手門筋を造成
1598年に秀吉が城内で没死。その後、遺言によって豊臣秀頼が伏見城より大阪城
に移り代わって五大老筆頭の徳川家康がこの城に入り政務を取った。その家康が、
1601年に日本で初めて、銀座を設置し、商店街内に、銀座発祥の地石碑がある。
伏見桃山駅から風呂屋町通(納屋町通)の間がアーケードになっており、そして、
日本で初めて太陽光発電パネルが設置された。
また、2009年には「新・頑張る商店街77選」に選ばれていて、歴史だけでなく
活気あふれる”伏見大手筋商店街”です。
”何でもあるで大手筋”のフレーズの様に、何でもありそう(笑)
また、伏見と言えば月桂冠、黄桜、松竹梅などを始め、17もの酒蔵がある
日本でも有数のお酒のまち。さらに水運で栄えた、日本で唯一の川の港
伏見港を有する、宿場町、城下町です。幕末の歴史の史跡として、船宿で
坂本龍馬が襲撃された『寺田屋』もあり、今、注目の観光スポットとです。
伏見区だけで17店の酒蔵は凄い
伏見が港町とは知らなかった。京都は高瀬川、大阪は淀川まで通じていた
長く続く酒蔵の建物、風情があります
大手筋を左に曲がり少し歩くと、酒蔵のある通りに。
左手には蔵を改造した、鳥料理”鳥せい”本店。
時間は11時、開店と同時に入店の方も。私は誘惑に
負けそうになりながらも強い意志で”大倉記念館”へ(笑)
月桂冠大倉記念館 入口
入館料600円 利き酒料込 お猪口付き
古民家風でなく、昔の酒蔵です。落ち着いた雰囲気
ビデオで、約10分程、お酒のできるまでを見ることができます
1909年 大倉酒造研究所 として創立
伏見の酒の歴史は古く弥生時代から、秀吉の伏見城築城で、一躍脚光を浴びる
浪漫を感じる女将、そして、ラガーマンの絵
電車、汽車旅行で一杯、お猪口付きがいいね
酒米の稲穂 山田錦がデカイ
%ごとに、精米表示
右より、一斗、二斗、四斗樽 一斗は18リットル、一升瓶10本分
さかみず 入館時にもらったお猪口を使用し飲めます
自然豊かな桃山丘陵の地下奥深くの伏流水をくみ上げる井戸
中庭で記念写真
杉玉の由来
利き酒 上記リストより3回選択
私の選択は2,6,9でした
大吟醸 笠置屋 35%精米 味も良いが値段も良し
純米大吟醸 鳳麟 縁起良さそう 贈りものにいいかも
6,9を試飲したけど、美味しかったです。イイ選択でした(笑)
日本酒好きな方は、ぜひ、一度行って見る価値ありです。
次回は、お昼の”鳥せい”、そして、十石船です。
JR稲荷駅から徒歩3秒
先週末、10月21日(金)京都へ行ってきました。
新幹線は小田原6:16分発、自由席、 京都着 7:59 です
さすがに、この日は弁当で、一杯でなく、サンドイッチにコーヒー。
JR奈良線に乗換て、一つ目が東福寺、二つ目が稲荷駅着8:18です。(早)
京都では大学時代の4年間を、最初2年間は京田辺市、後半2年間を
伏見稲荷で過ごしました。京田辺では朝日新聞にて新聞配達、
伏見稲荷時代は喫茶店やクラブウェイター、ガードマン、染物工場、
そして、一番楽しく、社会勉強になったのは旅行会社の添乗員のバイト
でした。一番多かったのは1泊、又は2泊の観光バスツアーでの温泉旅行が
ほとんどで、飛行機で北海道、鹿児島が各1回ほどで、約40ツアーは
行ったかも(笑)
そんな青春時代を過ごした京都、そこ自体が観光地なのに、そこから
違う観光地へさらに行くという、今から思うとケッコウ贅沢な日々でした。
伏見稲荷は、下宿から3分程の所にありましたが、行ったのは一度だけ
でした。九州から両親が来た時に、”伏見稲荷”と言うので連れて行きまし
たが、私も初めてでした(笑)京都には本当に、多くの神社や寺がある
ので致し方無いかと。そして、2回目に行ったのが、4程年前で、その時
初めて、稲荷山の頂上まで行き、人生初の御守りを買いました。
青春時代、今は無き父母と来た思い出の地でもあり、縁もある”神社”です。
晴天の秋空の中 観光客ボチボチ増えてきました
楼門
秀吉によって建立され。京都市内の神社の中では、一番古く、最大とされている
左側のカギを咥えた狐
右側は玉を咥えた狐
花火打ち上げで、『カギヤー』、『タマヤー』と言うが、花火屋が伏見稲荷を信仰
していたらしい。他には巻物、稲穂を咥えた狐もいる。
内拝殿
朱印受付や多種の御守りあり
勝守 神秘的、ミステリアスの御絵札
これは、伏見稲荷の災難除御絵札がモチーフです。
実は財布にこれをいれてますが、1回目は大阪で、2回目は二宮の”西友”で
落としましたが2回とも無事に帰ってきました(感謝)
千本鳥居は右側通行
修学旅行の学生多し
自分にも、こんな学生時代があったのを思い浮かべ懐かしくもあり
伏見稲荷大社境内案内図
稲荷山の頂上、233m。今回は取りあえず、眺望の良い”四つ辻”までを目標に(笑)
おもかる石
石を持ち上げその時に感じる重さが、自分の予想よりも軽ければ願いごとが叶い
重ければ一層の努力が必要とする試し石です。5,60人程並んでます(笑)
さすがに、素通りです。
ようやく、四つ辻へ
ここでは眺望もよく、そして、茶店では、食事や甘味、お酒などが頂けます
この時はまだ、9時半頃でまだ準備中の段階です。
下山するとみやげ物の店がズラリ
2年前に来たときは、コロナで閑古鳥が鳴いていました。活気が戻ってき
つつ有るので、嬉しい限りです。4年ほど前は、外国人に一番人気の観光地で
凄い数の人で、ほぼ周りは外国の方、日本人は10人中、2,3人という
”世にも不思議な光景”だったな(笑)
一番右側の店のひさしの部分に”国産すずめ・うずら”、伏見稲荷の名物だ
そうです。錦市場でも売ってたな(笑)
京都の街並みには、やはり着物が映える
京阪・伏見稲荷駅ホーム
通学は隣の深草駅でした。そして、四条祇園へは10分弱とイイ立地の所に
住んでました。風呂なし、トイレ共同だったけど(笑)
さて、次は伏見桃山駅へ、そして、月桂冠大倉記念館へ行こうと思います。
お店に到着したのが、予約の12時、前10分ほど。店の左脇に駐車場あり
店の裏手は海、そして、港。奥の方に見えているのが”天草瀬戸大橋”。
右側に少し見えている建物は、”天草プリンスホテル”。
のどかで、いい環境です。個人で船を所有し、レジャーや釣りなど
に出かける、そういう生活をしている人も世の中にはたくさんいる
んだろうなと、少し羨ましく思った次第です。
さて、時間もきたので、入店。一番乗りでした。
以前は一番乗りとか、恥ずかしかった自分ですが、最近は全然平気で
ツラの皮が以前に増して、厚くなったようです。ちなみに、”むつ五郎”
さんも一番乗りでした(笑)
カウンターの右側には"超大物”のサインがズラリ
席の壁に、超大物のサイン。手前より”筑紫哲也” 『美味求真』、
”倉本聰” 『海味直流』、”小山薫堂” 『一食入魂』、かっての
名ジャーナリスト、日本を代表する脚本家、そして、天草出身、
映画、『おくりびと』の脚本、くまモンの生みの親、ラジオDJ
その他、会社の社長、大学教授を歴任等の小山氏。
そして、その隣が、最近、50周年を迎えた、シンガーソングライター
”ユーミン”のサインだそうです。
しかし、ズラリとこれだけ大物のサインが並んでいるのは、
そうは無いね。
カウンターの右奥を選択。ご主人と話せるし、料理の様子、ネタも良く見える
と思ってのぞいてみたが、料理板等は低い位置に設置してあるのか、全然見えず。
私の他に、カウンターには若い男女一組。以前、取材で来たらしい。
多分、業界の方らしく、今回も固定カメラ持参でした。
大将は大変気さく方です。そして、良くしゃべり、冗談もポンポン出てきます。
女性客がいれば、なおさら絶好調に(笑)
料理内容は、お昼はおまかせのみ、6000円。おつまみ込みは12000円で夕方のみ。
おまかせのみと聞いて、昼はお酒を飲まない事にして、今日は天草観光ドライブと
決める。台風前のこの好天気に感謝。実はおつまみがつく場合は、酒を飲んで、
この近辺散策の予定でした(笑)
そして、大将から、醤油は一切、使用せずに食べれる”握り”だと説明あり。
どうしても”醤油”で食べたいなら、前もって言ってくれとの事でした。
普段より、醤油好きなので戸惑いあり。
さて、最初に出てきたのは”ウニ”
面白いなと思ったのは、ナント手渡し(笑)、最初に”ウニ”も珍しい。
これって、何かきっと意味があるのだろう。
次は石鯛 岩塩
水イカ(あおりイカ)うに塩
金目鯛 わさび青コショウ
のどぐろ
本マグロ
味噌汁
パンナコッタ(和三盆)
さて、今回の感想ですが、まず、醤油を使わない”鮨屋”さんは初めて。
醤油好きの私としては、困惑しました。なんで、醤油を使わないの?
この日は、シラフだったので聞きませんでしたが、一杯入ってたら
大将にさりげなく聞いたかも(笑)
今回、台風の影響で予定していた、熊本城、球磨川と行けなかった
ので、来年or再来年、熊本にまた、来ます。
その際、『奴寿司』へも再訪したいと思います。
お隣のプリンスホテルへ泊まり、ディナーで予約入れますので
大将、よろしくです。
大きなデコポンが目印です。
野菜、くだもの、パン、総菜、お土産などたくさんありました。
翌日の17日にも寄りましたが、朝早くて閉ってました。残念。
店内はケッコウ広く買い物客でにぎわってました
干しだこ
たこ
水イカ。(アオリイカ)
たこわさび
たこさくら煮
天草大王
寅さんそっくりさん(笑)
いのしし肉
スーパーより安くて、地元でも人気のようです。営業9:00~18:00
さて、話はかわりますが、かの有名な明石のタコの起源をご存じでしょうか
明石のタコは昭和38年に、海水の異常低温冷害で一度絶滅しています。
その時に明石を救ったのが、天草牛深のタコで、はるばる熊本から3万7千匹
、10トン以上のメスダコを明石へ運び放流しています。
現在、全盛の明石のタコは、ルーツが天草タコになります。
そんな天草ダコを食べて見たいという方は、”天草わくわく便”のご利用を
ご検討ください。
天草より産地直送で新鮮な魚介類の卸・通販|
株式会社チーム天草 (awakuwaku.com)
昨年、天草ダコ、他に干物類を注文しました。
そして、どうしても食べたかった、”タコのやわらか煮”を作って食べ
ましたが、本当に美味しかったです。刺身は当然ですが、さらに”タコ飯”も
美味かったです。